2017年10月26日は大統領令によって、祭日になりました。これはセブの大司教の葬儀が当日に行われるためです。

セブの大司教・Ricardo Tito Jamin Vidal枢機卿

10月18日にセブの大司教であるヴィダル枢機卿が亡くなりました。大司教とは、複数の教会をとりまとめて定められる教区の長として任命されるものであり、枢機卿とは、ローマカトリックの最高位である教皇の最高顧問であり、補佐役である人々に与えられる職名です。ちなみに、教皇を決める選挙であるコンクラーヴェの選挙権を持つのは、枢機卿と呼ばれる人々のみです。


ヴィダル枢機卿の近影(SUNSTARより)

現在、フィリピンにはヴィダル枢機卿以外に2人の大司教枢機卿がいますが、マニラとミンダナオ島にそれぞれ1人です。ヴィダル枢機卿が亡くなった今、次なる枢機卿が教皇から指名されるのかどうかにも関心が集まっています。

これだけ高位の人が亡くなったため、ドゥテルテ大統領は10月23日にマニラで大統領令を発し、葬儀の日はセブを祝日としました。ドゥテルテ大統領自身も大統領令を発した同日にセブに弔問のために訪れていました。現在、ドゥテルテ大統領は日本を訪れていますが、その少し前にはセブにも訪れていたのです。


弔問に訪れたドゥテルテ大統領(CEBU DAILY NEWSより)

ヴィダル枢機卿は1986年に起こったエドゥサ革命、2001年に起こったエドゥサ革命2と呼ばれる、いずれも当時の現職大統領を退陣に追い込む革命の際に、いずれも革命側の人物として大きな功績を上げました。特にエドゥサ革命の際には、革命側のコラソン=アキノからの頼みを受け、ヴィダル枢機卿が反政府勢力の将軍へ進言したことにより、エドゥサ革命を無血革命に導いたといわれているほどです。

55,000人が葬儀に詰めかける

なんと葬儀には55,000人の人々が詰めかけました。セブの議員や現職・元職のセブやその周辺の都市の市長も参加するなど、影響の大きさがうかがい知れます。警備も800人体制で行われ、大きな混乱は起こらなかったようです。葬儀は、サントニーニョ教会にほど近いセブメトロポリタン大聖堂で行われ、歴代大司教はこの聖堂の地下に埋葬されるとのことです。地元紙サンスターにも死去以降、毎日ヴィダル枢機卿に関する記事が掲載されています。


ヴィダル枢機卿の葬儀の行われているセブメトロポリタン大聖堂に詰めかける人々と葬列(SUNSTARより)

55,000人という数字が示す偉大さと影響

55,000人もの人々が集まる葬儀は、日本ではまずありません。ちなみに、美空ひばり氏の葬儀が約4万2,000人、吉田茂元首相の国葬の参列者が約4万人といわれています。そのように考えていくと、この5万5,000人という数字は驚異的です。ヴィダル枢機卿の偉大さを表し、そしてフィリピンの人々に与えた影響は、非常に大きなものでした。