昨月17日に発災した、イナヤワン地区大規模火災から1か月が経過しました。被災者は当時と変わらない不自由な避難所生活を続けています。

フィリピンで多発する大規模火災

火災の原因

フィリピンでは、50世帯~数百世帯が燃える大規模な火災が頻繁に発生します。その原因は、子どもの火遊びや薪の不始末、漏電によるショートなど様々です。
なぜそれほどまでに被害が拡大してしまうのかというと、貧困地区は非常に入り組んでおり、火が簡単に燃え移ります。さらに多くの家が、木や布など燃えやすい素材でできているため、火の回りが早いです。そのうえ、道が入り組んでいる場合が多く、消火作業に必要な機材や車両が、住宅地の中に入れないことが問題です。

Fire Month!?

3月は「Fire Month」と言われており、いたるところで火災が発生します。3月は乾期で空気が乾燥していることも原因ですが、4月がフィリピンの選挙時期ということもその理由とささやかれています。

イナヤワン地区大規模火災の概要

イナヤワン地区とは

イナヤワンは、セブ市のゴミ山があることで有名です。火災現場もそのゴミ山の目の前で、ここに住む人々の多くがゴミに関係する仕事をしていました。さらに、ゴミ山に集まる残飯を餌にして豚の繁殖を仕事にする人も多くいました。


火災現場もたくさんのゴミが積み上げられている場所でした

被災状況

今回の火災では、39世帯175人が被災しました。39世帯の家は完全に焼け落ち、家の中にあった家財道具や生活に必要なものがすべて焼けてしまいました。


火災発生直後の写真

フィリピンでは、レチョン(豚の丸焼き)が有名で、お祝い事には欠かせません。ここに住む人々は、繁殖させた子豚をレチョン工場に販売し、生計を立てていました。しかし、今回の火災で、大切な親豚がほとんど焼け死んでしまいました。そのため、収入を得るための手段を失ってしまったのです。


火災翌日の現場の様子 親豚がたくさん焼け死んでいました

不自由な避難生活

体育館での避難生活

住む場所を失った被災者は、被災地から車で10分程度離れた場所にある、体育館に避難することになりました。ほとんどの被災者は、火災の際に家から何も持ち出すことができず、まさに身一つで避難していました。
体育館での避難生活は、各家庭に仕切りはなく、プライバシーは全く保たれていません。さらに固い床に段ボールを敷いただけで寝具も何もありません。

 

行政からの支援は、発災から5日間の食事支援のみです。それ以外は、個人やNPO・NGO団体からの寄付で、何とか体育館で寝泊まりができるだけのものを揃えていました。DAREDEMO HEROでも、発災直後より社会投資家 竹井佑介様のご支援を頂き、日常生活に必要なものをいち早く全世帯に届けることができました。

食事の支援

被災者にとって何よりも必要なものが日々の食事です。行政からの支援が終了してからは、DAREDEMO HEROが現地の信頼できるパートナーと提携し、昼食や夕食の支援を続けてきました。現在は、少しずつ調理器具もそろい、各自で自炊が可能となってきたため、自立度合いを確認しながら、少しづつ回数を減らしています。

日用品の支援

「食事の支援」とは異なり、長引く避難所生活の中で必要になる「日用品や生活必需品の支援」は継続しています。

 

貧困支援と緊急支援の違い

私たちが被災地の緊急支援を行う際に、常に気を付けていることがあります。それは、貧困支援と緊急支援を混在させないことです。セブ島には、多くの貧困層が過酷な状況下で生活をしています。私たちには彼らすべてを支援することはできません。
そういった貧困層は、私たちから見れば支援が必要なように思えますが、彼らなりに日々の生活を送っています。今回の火災現場に住んでいた人々も、貧困ではあっても、彼らなりに精いっぱい生活をしていました。


ゴミ山での生活

しかし、今回の火災でその生活が壊されてしまったのです。貯蓄も手に職もない貧困層にとって、このような火災や災害があったのち、自力で元の生活に戻ることは非常に困難です。だからこそ、緊急支援として自立に向けた支援が必要になるのです。

DAREDEMO HEROではこれまでにも様々な緊急支援を行ってきました。そこでの経験を活かし、発災からの時間の経過と被災地の状況、行政の動きを見極め、被災者にとって一番いい形での支援を行っています。

▶過去の支援活動についてはこちらをご覧ください。
「大晦日大規模火災中間報告」
「DAREDEMO MULTIPURPOSE COOPERATIVE」


バランガイキャプテンとのミーティング

依存を生まない自立に向けた支援

緊急支援を行っていく中で、一番気を付けなければならないことは、被災者に依存心を抱かせないことです。緊急支援は、あくまでも災害前の生活に戻るための支援であり、そのためには被災者の自立心が必要です。

必要以上の支援、タイミングがずれた支援は、依存心を抱かせる一因になるため、その見極めが重要です。そして、一番大事なことが「与え続けるだけの支援をしないこと」です。

被災者の今後

被災者は残念なことに、火災前に住んでいた場所に戻ることはできません。なぜなら、被災者のほとんどがその土地に勝手に住んでいた、いわゆる「スクワッター(不法占拠者)」だからです。
今回、幸運なことにバランガイキャプテンのご配慮により、ゴミ山裏手にある市の所有地が被災者に提供されることになりました。


移転予定地。後ろの丘のように見えるのがゴミ山です。

これまで住んでいた場所から比べると、かなり不便な場所にはなりますが、生計を立てるために必要なゴミ山から離れることなく、住む場所が提供されて被災者にとってはとてもありがたいことです。

被災者の持つ資質を活かす支援

被災者のほとんど全員が、被災前に養豚の仕事に携わっていました。そのため、この地区に住む人々は、養豚に必要な様々なスキルに精通しています。

●安くて良質な豚の餌(残飯)の入手法
●豚を健康に育てる方法
●繁殖のタイミング
●子豚の出荷先

さらに、コミュニティー内でそれぞれの役割分担ができており、それぞれが助け合って養豚を行っていました。被災者は、自立に向けてこのスキルとコミュニティーの力を活用していく必要があります。


同じ地区で養豚を行う家の様子

被災者の自立とコニュニティーの再生には、豚の存在が必要なのです!

SIA × DAREDEMO HERO新プロジェクト

この度社会投資家 竹井佑介様が代表を務めるSIA(Social Investor Academy)様のご支援を頂き、自立に向けた新プロジェクトをスタートします。

被災者の自立には、家の再建と収入源の確保が必要です。このプロジェクトでは、その両面をサポートしていきます。

家の再建→建築資材の無償提供
収入源の確保→親豚の提供

しかし、ただ豚を提供するだけでは、目先の生活を第一に考える被災者は、すぐに豚を転売してしまう可能性もあります。そのため、豚は無償での提供ではなく、返済の必要な投資的な支援となります。これは、社会投資家として、様々な支援を行う竹井様の経験と実績から出たアイディアです。

被災者は、豚を育てて子どもを産ませ、自立のための収入を得る必要があります。その中から、少しずつでも豚の原価分を返済してもらいます。

豚は生後8か月くらいから、子どもを産み始めます。しかし、その時期に新しい環境に移動させることは非常にストレスとなるため、生後3か月程度の豚を購入し、繁殖可能な大きさまで育てます。生後3か月の豚は、3,000ペソ(7,000円程度)で購入ができ、その後ワクチンの接種などを経て、出産可能な親豚に成長します。
豚は一度に6匹から10匹の子豚を産みます。その後3か月程度親豚によって育てられて子豚は、繁殖用の豚、もしくはレチョン用の豚として、同じく1匹3,000ペソ程度で出荷されます。

豚は生き物ですので、途中で病気にかかったり死んでしまうこともあります。しかし、コミュニティー全体でこのプロジェクトを進めていけば、被災者は自立の道を進むことができます。


常に被災者の声を聴いて、支援を決めています

ご支援者様からのメッセージ

この度はフィリピンのセブ島にある教育機関DAREDEMO HEROを通じて支援させて頂いております竹井佑介です。

まずこちらをご覧の皆さんはスカベンジャーという言葉をご存じでしょうか?
これはゴミを漁って暮らしている人々のことです。
生活の糧がなければそのような暮らしに身を落とさざるを得ず、何より不衛生なため病気にかかったり、若くして命を落としてしまうことにもつながってしまいます。

何より簡単にお金が入る犯罪や若くして売春に手を染めてしまうことにもなります。

それを防ぐためにも、もともとお持ちであった生活の糧である養豚場の復活と、子供が本来の才能を発揮させることが出来るような教育施設の支援を同時にやっていければと思い、DAREDEMO HEROを通じて協力させていただくことになりました。

この思いに賛同してくださったSIAメンバーをはじめとした世界中の社会投資家の仲間たちからご寄付を預かりました。
このお金を元に村が復興し、元の生活にまずは戻るまで、そしてそこから更に発展まで支援させて頂ければと思っております。

NGOの活動で大変な中、現地の窓口およびご協力頂いたDAREDEMO HEROの皆さまには心より感謝しております。