イナヤワンのゴミ山の隣に住む人はなぜそこに住むことになったのでしょうか?今回はその経緯についてインタビューを行いました。

イナヤワン地区

イナヤワン地区にはオープンダンプサイト、いわゆるゴミ山があります。1998年から稼働を開始し、2016年に完全閉鎖しました。しかし、完全閉鎖した後も新しい最終処分場が遠いという理由から、イナヤワン地区にはゴミの一時保管所が設けられ、現在もセブ市の各自治体からゴミが運び込まれています。

ゴミ山横のコミュニティに住む人々

ゴミ山のすぐ隣には、数百世帯以上が居住するコミュニティがあります。
積み上げられたゴミ、垂れ流しの汚染水、ゴミに群がる大量のハエなど劣悪な環境であるコミュニティ。
彼らはなぜこのコミュニティに住むことになったのでしょうか?
今回はコミュニティに住む人々にインタビューを行い、当コミュニティに住むことになった経緯について伺いました。

 
コミュニティの中にもゴミ山があります        道にはゴミがたくさん落ちています

ゴミ山ができる前から住んでいた

彼らは、ゴミ山がイナヤワンにできる前から住んでいる人たちです。
インタビューに協力してくれた方によると、ゴミ山の建設は行政が住民にほとんど相談することなく決めてしまったそうです。
彼ら曰く、ゴミ山ができる前はコミュニティに住んでいる人はわずかで、ゴミ山ができた後にどんどん人が移住し、現在のような大規模なコミュニティになりました。

ゴミ山の移転とともに移り住んできた

イナヤワンにゴミ山ができる前は、パシルという地区にゴミ山がありました。
現在、パシルは治安があまり良くないことで有名です。ドラッグの蔓延や多くのギャングの存在が噂されています。また、大規模な貧困地区としても知られています。
ゴミ山がイナヤワンへ移るのに伴って、それまでパシルでゴミ山に関係する仕事に就いていた人々もイナヤワンへと移り住んでいきました。

その他の理由

その他としては、もともと住んでいた土地を政府や地主などの強制退去によって追い出されてしまった人や農村に住んでいたけれども仕事を求めて移り住んだ人などもいます。
彼らの多くはもともとイナヤワンに親戚がおり、その親戚を頼って移住しています。

どんな仕事をしてるの?

このように、仕事を求めて移り住んだ人が多い、ゴミ山横のコミュニティ。
彼らは具体的にどのような仕事をしているのでしょうか?

コミュニティに住んでいる人の多くがゴミに関係する仕事に就いています。仕事の内容は、一時保管所やゴミ収集のトラックの上でプラスチックや金属などの売れる物を拾う仕事や、まだ使用できそうなカバンや食器を洗ってまた売る仕事、食品廃棄物を豚のエサとして売る仕事など様々です。主にゴミを拾う仕事に就いている人はスカベンジャーと呼ばれています。


工場で使用された注射器のプラスチック部分だけを売るために、分別している様子

彼らは「スカベンジャー」として一括りにされることが多いですが、実際は仕事が細かく分担されています

例えば食品廃棄物を豚のエサとして売る場合、
①ファストフード店から直接廃棄物を回収する係
➁廃棄物から食品廃棄物とその他を分別する係
➂分別したものを豚のエサとして売る係
という形で分担がされています。

①の人はファストフード店からゴミの回収代として収入を得ており、➁の人は➂の人に雇われていることが多く、彼らから給料をもらっています。➂の人は豚のエサの売り上げが収入です。

当事者の声を聴くこと

一つの仕事として一括りにされてしまうものも、その中身は多様です。これは仕事だけでなく、人々の生活にも当てはまります。
貧困層として一括りにされてしまう人たちも仕事や家庭環境など、その貧困の状態は様々で、彼らのニーズも異なります。
そのため、支援を行う際にまず、彼らの声を聴くことが重要になります。当団体でも火災の緊急支援などのアウトリーチ活動を行っていますが、その際に欠かせないのがニーズ調査や生活状況のインタビューです。
支援する側が相手のニーズを決めつけてしまうのではなく、相手の声に耳を傾けることで、支援のミスマッチを防ぐことができます。

これからも、当事者の声を聴き、相手にとって最善の支援を行えるようにしていきます。