フィリピンの生活スタイル・街並みについて私の地元沖縄と比較してみました!
とにかく歩くことが嫌いなフィリピン人!!
フィリピン人は歩くことが大嫌いです。そのためジプニー(乗り合いバス)、ハバルハバル(バイク)、トライシクル(自転車)を利用します。それが何と言っても安い!!
ジプニー
8ペソ(約20円)
トライシクル
10ペソ(約23円)
ハバルハバル
40ペソ~(約100円~)
*トライシクル・ハバルハバルは距離により値段が異なります
◆ハバルハバルやトライシクルは貧困層の職業の1つです。彼らは少しでも多くのお金を稼ぐため、バイクや自転車の隣に3~4人座ることが可能なスペース、かごのようなものを設置しハバルハバル、トライシクルを作ります。ちなみに、私達が支援している子ども達の中にも親がこの仕事をしている家庭もあります。そのため、放課後HERO’S HOUSEで宿題を終えた子ども達のお迎えでハバルハバルを見かけます。
◆マクタン島には主に小さなジプニーが走っており、セブ島へ行くとカラフルに装飾されたジプニー、一般的なジプニーよりも大きく人が沢山乗れるジプニー、大音量の音楽を流し走っているジプニー等様々です。ジプニーをご利用する際は車の装飾を見比べてみるのも良いかもしれません。
中々外を歩かないフィリピン人!!その理由はやはり気候に関係しています。理由は、外を歩いて汗だくになってしまうのを防ぐためです。又、乗り物の値段は現地のフィリピン人にとっても手頃な値段なので移動手段は徒歩ではなく乗り物に限ります。フィリピンでは自動車のガソリンは主にディーゼルを使用するため、排気ガスがひどく外の空気は綺麗だと言えません。フィリピン人でさえ、外を歩く時、ジプニー又はハバルハバルに乗車する際はハンカチで口をおさえます。
●沖縄の場合・・・
沖縄の人の移動手段は主に車です。なぜなら、本土とは異なり電車や鉄道がないからです。ほとんどの家庭に1人1台車を所有するため1世帯に3~4台の車があるのは珍しくありません。そしてフィリピン人同様、沖縄の人も歩くことが大嫌いなので近い距離でも車やタクシー、バイクを利用します。それ以外の移動手段としてバスやモノレールがありますが、車社会の沖縄でバスは遅延が多く、モノレールに関しては一部の地域で走っているため範囲が限られます。
街灯が少ない?!
フィリピンは街灯が少なく夜になると真っ暗です。夜道を1人で歩くのは危険なので注意しなければいけません。加え、貧困地区には電気が通っていないため、夜になるとロウソクで明かりを灯します。そのため宿題の予習・復習が出来ず、勉学が疎かになってしまい授業についていけなくなってしまいます。それを防ぐため、子ども達が快適に宿題をすることが出来る施設、HERO’S HOUSEを開設しています。
●沖縄の場合・・・
各地域によりますが私の住んでいる地域は田舎なため、街灯がとても少なく夜は真っ暗です。又、家の周辺には草が生い茂っていて、サトウキビ畑も多いため、ハブや蛇を発見することもあります。
門のある家は高級住宅?!
フィリピンでは、門のある家は高級住宅です。家はコンクリート造りで、しっかりとした門が設置されており、見知らぬ人が容易に入ることは不可能です。また、写真のように日本の家とは変わらない立派な家です。中流階級層の家はコンクリート造りに赤瓦屋根、沖縄の伝統的な家と少し似ています。それに比べ、貧困層の家の造りは木造でトタン屋根。水・ガス・電気がありません。フィリピンではまだまだ貧富の差が激しいのが現実です。
●沖縄の場合・・・
伝統的な家の造りは木造で赤瓦の屋根。屋根の上又は門の前には守り神のシーサー。門は石垣で覆われており、玄関は無く風通りの良い家の造りになっています。
1つの電柱に何本もの電線?!
フィリピンでは電線の整備がきちんと整ってないため、1つの電柱に対し多くの電線が張り巡らされています。それが原因で停電や火事を引き起こしてしまう事もあります。特に貧困地区では先ほどお話ししたように家の造りが木造なので、火事が起こるとすぐに火が燃え広がってしまい大変危険です。また、盗電が相次ぎそれが原因の大きな火災が起きています。
●沖縄の場合・・・
沖縄にはまだ木製の電柱が存在します。フィリピンのように電線が多く張り巡らされてはいませんが木製のため、台風時に停電や倒壊がありました。それを防ぐため、最近はコンクリート製の電柱に建て直されています。
地形のせいかフィリピンと沖縄には生活スタイルや町並みに関して相似点が多く、フィリピン滞在中にも関わらず自然と沖縄に帰ったような気分です。しかし、私達が支援している子供達の生活と比べると痛いほどフィリピンの貧富の差を実感します。近年、フィリピンでは様々な開発がされ高層ビルや高級ホテルが増える中、開発に取り残された地域は多く、貧富の差が広がるばかりです。近い将来、私達が支援している子ども達が国のリーダーとなり、一刻も早くフィリピンの貧困問題を解決することを目標にこれからも支援を続けていきます。